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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)305号 判決

控訴人 間宮幸一郎

右訴訟代理人弁護士 竹下伝吉

同 山田利輔

被控訴人 村瀬峯夫

右訴訟代理人弁護士 野尻力

主文

本件控訴を棄却する(但し、昭和三三年四月一〇日取得時効とあるを昭和三三年四月九日取得時効と訂正する。)。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に訂正付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決事実摘示の訂正部分)

一  原判決事実第一および第二の各四をそれぞれ五とし、各三のあとにそれぞれ四として、本件土地には被告の先代兼太郎名義に所有権移転登記がなされている。と入れる。

二  同第四の三を、同三ないし五の各事実中、原告の先代玉次郎が主張の日に死亡し、原告が相続によりその地位を承継したこと、本件土地には被告の先代兼太郎名義に所有権移転登記がされていること、兼太郎が死亡し被告が相続によってその地位を承継したことは認める。と訂正する。

三  同第四の六を、同三ないし五に対する答弁は前記三のとおりである。と訂正する。

四  なお、同第六の八行目に「原告の存在」とあるは「原本の存在」の誤記と認める。

(控訴代理人の主張)

一  被控訴人の先代玉次郎は本件土地を自主占有したとはいえない。すなわち、被控訴人の先々代玉次郎は、大正一二年頃他人に賃貸中の本件土地を控訴人の先代兼太郎に売渡し、その頃所有権移転登記を了したものであるから、その時から本件土地に対する所有の意思を有せず、本件土地の自主占有者ではなかった。したがって、先々代玉次郎の家督相続をなしたことにより本件土地の占有を取得したというにすぎない先代玉次郎は、相続が民法一八五条にいう「新権限」に当るとはいえない以上、たとえその内心において所有の意思をもって本件土地を占有していたとしても、先代玉次郎の占有は自主占有とならず、これを相続により承継した被相続人も自主占有を取得したとはいえないから、被控訴人の取得時効の主張は理由がない。

二  前記の如く被控訴人の先々代玉次郎は本件土地を控訴人の先代兼太郎に売渡し、同人に本件土地の引渡義務を負ったものであるが、先々代玉次郎を先代玉次郎が、同人を被控訴人が順次相続したことにより、被控訴人は本件土地の引渡義務を承継したものであるから、このような地位にある者が本件土地の取得時効を援用することは許されない。

三  仮に被控訴人が取得時効によって本件土地の所有権を取得したとしても、控訴人も先代兼太郎が取得した本件土地の所有権を相続により承継したものであるから、両者の関係は二重売買の場合と同様である。したがって、所有権移転登記を有しない被控訴人は本件土地の所有権をもって控訴人に対抗することができない。

この場合、控訴人が被控訴人の登記の欠缺を主張しうる第三者でないというならば、被控訴人こそ売主の承継人であって第三者ではなく、取得時効を援用しえないものというべきである。

(被控訴代理人の主張)

控訴人の主張はすべて争う。相続が民法一八五条の「新権限」といえるかどうかについては、相続によって相続人の自主占有に変更されて占有が始められると解するのが相当である。また、被控訴人は控訴人に対し直接取得時効を理由に本件土地の所有権移転登記手続を求めているのであって、控訴人が主張するような登記の対抗要件が問題となる第三者間の場合ではない。

理由

一  被控訴人の先代玉次郎が昭和一三年四月九日家督相続によって被控訴人の先々代玉次郎の地位を承継したこと、先代玉次郎が昭和四一年八月三〇日死亡し、被控訴人が相続によってその地位を承継したこと、控訴人の先代兼太郎が死亡し、控訴人が相続によってその地位を承継したこと、本件土地につき被控訴人の先々代玉次郎から控訴人の先代兼太郎に名古屋法務局江南出張所大正一二年一二月二〇日受付第三一一八号をもって同日付売買を原因とする所有権移転登記がされていることはいずれも当事者間に争いはない。

二  まず、被控訴人は、先代玉次郎は本件土地の所有権を取得時効により取得したと主張するので判断する。

(一)  被控訴人は、先代玉次郎は、昭和一三年四月九日先々代玉次郎の家督相続をなし、本件土地の占有を承継し、じ来本件土地を所有の意思をもって占有して取得時効により本件土地の所有権を取得したものであると主張するのに対し、控訴人は、先先代玉次郎は本件土地を控訴人の先代兼太郎に売渡した時以来本件土地を所有の意思をもって占有したということはなく、したがって相続によって本件土地の占有を承継したにすぎないという先代玉次郎も本件土地を所有の意思をもって占有を始めたことにはならない旨抗争する。

ところで、本件土地につき被控訴人の先先代玉次郎から控訴人の先代兼太郎に名古屋法務局江南出張所大正一二年一二月二〇日受付第三一一八号をもって同日付売買を原因とする所有権移転登記がされていることは当事者間に争いがなく、右事実に≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人の先々代玉次郎は登記簿上の記載のとおり大正一二年一二月二〇日控訴人の先代兼太郎に本件土地を売却したこと、したがってそれ以来被控訴人は本件土地を所有の意思なくして占有していたものと認められる様である。しかし、他方、後記認定のように、被控訴人の先々代玉次郎は右登記後も賃借人から賃料を受領しこれを費消していたことが認められるので、果して被控訴人の先々代玉次郎と控訴人の先代兼太郎との間に本件土地の売買があったのかどうか疑わしいものと思われる。

しかも、仮に被相続人たる被控訴人の先先代玉次郎の占有が所有の意思のないものであったときでも、相続人たる被控訴人の先代玉次郎が、相続により相続財産の占有を承継したばかりでなく、新たに相続財産を事実上支配することによって占有を開始し、その占有に所有の意思があると認められる場合においては、相続人たる被控訴人の先代玉次郎は民法一八五条にいう「新権限」により所有の意思をもって占有を始めたものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年(ネ)第一二〇七号、昭和四六年一一月三〇日第三小法廷判決、民集二五巻八号一四三七頁参照)。

(二)  そして、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

すなわち、被控訴人の先々代玉次郎は、生前、別紙目録記載一の土地のうち約四畝一五歩を青木喜市に、約二畝を岩田艶十に、同目録記載二の土地を酒井柳蔵にそれぞれ賃貸し、賃料を受領費消していたが、昭和一三年四月九日死亡し、被控訴人の先代定次郎が家督相続をなし、同年五月三日定次郎は玉次郎と名を変更した。ところで、先代玉次郎は、先々代玉次郎が右認定の如く本件土地の賃料を受領費消しており、同人の生前および死後を通じて兼太郎や控訴人の方から本件土地が自己の所有であるとして文句が出たことは一度もなく、また右認定の如く先々代玉次郎名を襲名したので不動産の所有名義を書替える必要もなかったから、ことさら登記簿により本件土地の所有名義を確認するということもなかったので、家督相続により本件土地の所有権を取得したものと信じ、相続税も納付し、引続き右各賃借人から賃料を受領費用し、本件土地の公租公課を納付してきたもので、かかる状態は昭和四一年八月三〇日先代玉次郎が死亡するまで継続した。以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

しかして、右認定の事実によれば、先代玉次郎は、先々代玉次郎の死亡により、本件土地に対する同人の占有を相続により承継したばかりでなく、新たに占有代理人たる右各賃借人を通じて本件土地を事実上支配することによりこれに対する占有を開始したものというべく、かつ、これを占有するにつき所有の意思を有していたといえるので、先代玉次郎は、先々代玉次郎の死亡後民法一八五条にいう「新権限」により本件土地の自主占有をするに至ったものであり、また、右相続の日である昭和一三年四月九日から二〇年以上に亘り善意、平穏、公然と右占有を継続したといえるから、二〇年の時効期間が経過した日である昭和三三年四月九日をもって、取得時効により本件土地の占有権を取得したものというべきである。

もっとも、被控訴人の先々代玉次郎が本件土地を控訴人の先代兼太郎に売渡した事実があるとすれば、被控訴人の先代玉次郎が登記簿を確認しなかったのは同人の過失といえるかもしれないが、いずれにせよ二〇年の取得時効の完成には影響がない。

三  次に、被控訴人が先代玉次郎の相続人として本訴において右取得時効を援用していることは記録上明らかであるところ、控訴人は右援用は許されないなどるる主張するので順次判断することとする。

(一)  控訴人は、被控訴人の先々代玉次郎は控訴人の先代兼太郎に本件土地を売渡した結果、被控訴人は控訴人に対し本件土地の引渡義務を負っているから、右取得時効を援用することは許されない旨主張するが、その前提となる右売買自体が前記認定の如く疑わしいのみならず、そもそも取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、その事実状態が真実の権利関係にあっているかどうかに関係なくそのまま尊重して、権利関係にまで高めようとする制度であることに鑑みると、当該物件の引渡義務を負っている売買の当事者であるからといって、その適用を否定される理由はないから、たとえ被控訴人の先々代玉次郎と控訴人の先代兼太郎との間に本件土地の売買があり、被控訴人が本件土地を控訴人に引渡すべき義務を承継していたとしても、被控訴人において右取得時効を援用しえないとするいわれはないというべきであるから、控訴人の右主張は理由がなく採用することができない。

(二)  控訴人は、仮に被控訴人が取得時効によって本件土地の所有権を取得したとしても、被控訴人は所有権移転登記を有しないから、本件土地の所有権取得をもって、先代兼太郎が取得した本件土地の所有権を相続により承継取得した控訴人に対し対抗することができない旨主張するが、前記認定の如く先代兼太郎したがって控訴人の本件土地所有権の取得自体が疑わしいのみならず、たとえ控訴人においてその主張の如く本件土地の所有権を取得したとしても、本件土地の現登記名義人である兼太郎が死亡し、控訴人が相続によってその地位を承継したのは、≪証拠省略≫によれば昭和二九年六月一四日であることが認められるところ、被控訴人の先代玉次郎の取得時効が完成したのは前記認定の如く昭和三三年四月九日であるから、控訴人は右取得時効が完成した時期の当事者であり、先代玉次郎したがってその相続人である被控訴人も、控訴人に対し、登記なくして右取得時効による本件土地所有権の取得を主張することができると解すべきであるから、控訴人の右主張は理由がなく採用することができない。

(三)  控訴人は、別紙目録記載一の土地は農地でありかつ小作地であるから、農地法六条、七条の規定によって被控訴人は右土地を所有することは許されない旨主張するが、右各法条の趣旨は、同法一条の目的のもとに、右各法条に規定する当該農地の所有状態を是認せず、違法なものとして取り扱い、強制的に他人に譲渡させるか、国が買収せんとするものであって(同法九条)、取得時効による所有権の取得の結果、右各法条に該当することになる農地につき、右所有権取得の効果そのものまで否定する趣旨ではないし、前記二項の(二)に掲記の各証拠および弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右土地につき同法六条一項二号に規定するいわゆる在村地主であると認められるところ、右土地の所有権を取得することによって同号に規定する制限面積を超えることになると認むべき証拠もないから、控訴人の右主張も理由がなく採用することができない。

四  以上の次第で、控訴人は被控訴人に対し、本件土地につき、昭和三三年四月九日取得時効を原因とする所有権移転登記手続をする義務があるから、被控訴人の本件請求は正当として認容すべきである。

五  よって、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村義雄 裁判官 西川豊長 寺本栄一)

〈以下省略〉

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